東京高等裁判所 昭和46年(う)2034号 判決 1971年10月26日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
原審の未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。
領置にかかる肥後守ナイフ一丁(昭和四六年押第四六四号の一)を没収する。
理由
<前略>
弁護人の控訴趣意第一点、および右同旨の被告人の控訴趣意について。
各所論は、原審弁護人は、被告人の本件所為は正当防衛に該当する旨主張したにかかわらず、原判決は右主張に対しなんらの判断も示していないから、刑事訴訟法三三五条二項に違反した違法がある、と主張する。
そこで、原審記録を調べると、原審弁護人は、被告事件について「事実については被告人の陳述と同様です。本件は被告人の防衛的行為からなされたものです。」と陳述しているほか、なお、その最終弁論においても、「本件は正当防衛か過剰防衛とも考えられる。」と述べているから、これらによると、一応、弁護人は、正当防衛ないし過剰防衛の主張をしたものと解せられないことはない。ところが、他方、弁護人は、右の主張に続く弁論の終りの部分で、「被告人は、被害者が倒れると直ちに交番に自首し、被害者の救援を訴えている。これらの点は特に情状として勘案されたい。」と述べているのであつて、右にいわゆる「これらの点」の中には前段にいう正当防衛ないしの過剰防衛の主張までがふくまれるものと解し得る余地もあるから、結局、原審弁護人の右主張は、刑事訴訟法三三五条二項によつてなされたものであるか、あるいは単なる情状論として述べられたに過ぎないのであるか、その趣旨が必らずしも明確とはいえない。したがつて、原審としては、当然弁護人に対し、右の点について釈明を求め法律上正当防衛ないし過剰防衛の主張を維持するものであるかどうかを明らかにすべきであつた、と思われるのに、それをしなかつたことについては審理を尽くさない違法がある、とのそしりを免れることができない。もつとも、原審としては、右弁護人の陳述、弁論をその全体の趣旨から見て、刑事訴法三三五条二項による主張と解したうえで、なお、これに対する判断は黙示の判断で足りる、との見解をとつたものと推察できる余地がないともいえない。しかし、右同条同項による主張に対する判断が黙示のもので足りるかどうかという一般論はさておき、すくなくとも、本件のような事案においては、その具体的内容の点から見ても、また、口頭弁論主義を強調し事実審としての第一審裁判所の機能の充実と強化とをめざす現行法の建前から考えても、原審としては、弁護人の右主張に対して明白な判断を示すのが当然である、と思われる。したがつて、いずれにしても、原判決にはその訴訟手続に法令の違反がある、といわなければならない。ただ、たとえ、原審において正当防衛ないし過剰防衛の主張があつたものとしても、前記のように本件についてはそのいずれもが認められないのであるから、右に述べた訴訟手続法令違反の瑕疵は、結局、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないことになるから、原判決を破棄する理由とはならない。論旨は理由がない。
<その余の控訴趣意に対する判断――省略>
(樋口勝 目黒太郎 伊東正七郎)